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睡眠障害になった介護士時代

30代女性からの投稿
介護老人保健施設 3年

睡眠障害となり退職

現在は30代半ばです。高卒後、専門学校にて介護福祉士免許取得しました。
その後、実家を出て一人暮らしを始め、介護老人保健施設で働き始めました。人に接するのが苦手でしたが、その苦手を克服しようとあえて人と接する仕事を選びました。
病院系列の施設の、介護老人保健施設で勤務をしていました。同じ系列で特別養護老人ホームもありました。
仕事内容は両方の施設であまり変わりないかと思いますが、給料体形が違いすぎました。
特別養護老人ホームは国の措置があるので給料(手取りで20万以上)もいいし、ボーナスも年3回(4か月分)、退職金有で、健康診断内容も感染症などにかかっていないかなど細かな部分まで検査してもらえるというものでした。
それに比べて、私が勤める介護老人施設側は、給料(手取り18万円)ボーナス年2回(2か月分)、退職金有で、健康診断は必要最低限のもののみです。
そういう不満はありましたが、それでも頑張って働きました。
そんなある時期、スタッフが一気にやめてしまうという事態が起こりました。
そのおかげで夜勤の回数が増え、日勤帯の仕事が過密になり、1年しか勤務していないのにフロアリーダーを任されるなど過酷な環境になりました。
施設側はどうしての人材確保したかったのでしょう。
どう見ても介護未経験、介護に向かないタイプの人や、夜勤のできない日勤帯のみ希望の人材ばかり雇うのです。
それでも、雇われた人たちに介護技術を指導したのですが覚えてくれませんでした。
介護以外のちょっとした仕事を頼んでもほったらかしにされて、結局期限ぎりぎりに慣れている人がこなさなくてはいけなくなる、そんな日々の繰り返しでした。
私は、夜勤が増えたことで睡眠障害になり体調を崩し、これ以上無理を重ねたらますます体調を崩すかもしれないと感じたので退職を決意しました。

介護士からホテルマンへ

少し体を休めてから次の仕事を探せばよかったと今では思いますが、当時の私は新聞広告の求人情報に載っていたホテルの派遣会社へすぐに登録しました。
自給が1100円と高かったのでこのタイミングを逃すまいと必死の思いでした。
ホテルの宴会場やレストランのサービスマンを専門としていた派遣会社でした。
派遣先は上下関係が厳しく、求められるレベルがかなり高いホテルでした。
同じ派遣会社の先輩方に支えられながらなんとか続けられましたが、精神的にはかなりきつい世界です。
夜勤はなくなったのですが、早朝、日勤、夕勤の3パターンがあったので、結局体への負担は大きかったです。
新人育成の方法も、何かできるようになったからと言って褒めて伸ばす教育方法ではなく、けなされ、怒鳴られ、泣きながら育てられました。
あんな環境でよく10年以上もホテルマンを続けられたなと思います。
派遣先が何度か変わるのは仕方のないことなのですが、どのホテルへ行っても似たような環境でした。
ひどいところは、気に入らない人材には嫌がらせをするというのが当たり前なんていうところもあり、私もその対象になってかなりつらい思いをしました。

自分にあった仕事を探すこと

私の父親は、転職するなら先に勤め先を決めてからやめなさいとうるさい人間でした。
辞めてから次の仕事に就くまでに時間を空けると働きたくなくなる、ダメ人間になるという思いがあったからでしょう。そのため、介護士からホテルマンと休みなく仕事をしましたが、私は今ストレスがたたって原因不明といわれる症状が他にも出るようになっています。自分を追い込むような働き方しかしてこなかった原因だと思います。
ですから、時には体を休めて、じっくり職探しをすることも大切だと思います。
私は今は派遣会社はやめてフリーのサービスマンとして働いています。
自分のペースで働けるようになったので少し体が楽になりましたが、原因不明のストレス性の症状が改善されるのはまだ時間がかかると思います。
少しゆとりが出た今は、せっかくとった介護士の資格を活かしたいとも考えるようになりました。
職場をきちんと選び、介護士として働いていきたいと思います。